PRINCESS PRINCESS時代
〜シンコーミュージックに移籍してから〜

すべてを網羅し切れていないことをお断りしておきます。

1986年

「漣流」(和田彰二著 音楽出版社)によると、移籍後初となるアルバム(TELEPORTATION(テレポーテーション))製作中、シンコーミュージックの社長草野昌一氏はプリプリのために自ら作詞した「バイバイダメ男」と言う楽曲を用意する。 けれど「この曲はやりたくない」とメンバーに断られてしまう。 この曲は社長がかつて作詞家漣健児として活躍してきたことを伝え、それに対してメンバーが色々と教えて下さいと言ってきた事へ答える作品だった。 どうやら社長が考える女の子バンド像とプリプリはかけ離れていたようだ。 オールディーズっぽいものを歌ったり、自分たちの曲を英語で歌ったりとそういう路線を考えている節があったらしい。
この頃は社長から渡辺美里さんがヒットすれば「渡辺美里みたいな曲をやらなきゃ」、中村あゆみさんがヒットすれば「中村あゆみみたいな曲をやらなきゃ」と言われ続ける。 メンバーは「自分たちの信じたことをやらなきゃダメだ、もう人には惑わされないぞ」という気持ちになっていたため聞かなかったらしい。 実績を残すようになると言われなくなってきたそうだ。 香ちゃんは事務所の先輩であったレベッカのNOKKOさんみたく歌って踊れるボーカルを目指せと言われたけれど、何が何でも絶対楽器は放さないぞとギターを手放さなかった。 当時は歌って踊れるというのが流行だった。
また社長はバンドの名前を変えてはどうかとか、メンバーをフルネームで呼ぶのではなくはなくファーストネームで呼んだらどうかとか提案するけれど、 マネージャーの市ヤンに「PRINCESS PRINCESSはいい名前なので変える必要はないと思います。メンバーの名前もそれぞれにいいのでその必要はありません」と言われてしまう。 そしてバントの愛称を「ぺぺ」にしようと考え、「私たちをぺぺと呼んでください」というPOPを作ったりしたけれど「ぺぺ」という愛称は定着せず、最終的には略称の「プリプリ」が定着した。

ついでに、「漣流」にはこんなことも書かれている。 社長は自分で英訳した「19 GROWING UP」の歌詞を市ヤン(マネージャーの市村恵美子さん)に渡し、英語で歌ってみないかと提案した。 またオールディーズのカバーもやらないかとも提案したが、市ヤンは社長の提案をことごとく断った。 プリプリはオリジナル曲で勝負したかったからだ。 社長にはプリプリの海外進出の構想もあり、市ヤンを通じてメンバーにも伝えられた。 市ヤンは「やるんだったら日本語で」という記憶がある、加奈ちゃんは「地に足をつけてやりたかったから全然興味はなかった」と話しており、実現はしなかった。 加奈ちゃんは「今思えば、やっていたらウケていたかもしれないなと思う」とも話しているが、これは地に足つけてやって成功したから言えることなんではないかと自分は思う。 「Diamonds」のヒットの勢いに乗って海外へ、なんてやってたらコケてた(可能性は非常に高いのでは)と思う。
プリプリがヒットチャートの常連になった頃、加奈ちゃんにソロアルバムをやらないかという提案があった。 詳細は「漣流」を読んでもらうとして、社長は思いついたことをそのまま語ったらしい。 自分の考えだけど、社長は香ちゃん(おそらく間違いなく)や登茂ちゃんにも同様にソロアルバムの提案をしたのではないかと思う。 もし、これが実現していたらプリプリの解散はもっと早くなっていた可能性もあったのではと思う。


1987年
4月6日放送分より、香ちゃんビデオジャムの司会となる。 司会になったのは、レベッカのNOKKOさんがデーモン小暮さんに「奥居香は面白い」と推薦してもらったからだと番組内で言っている。 9月まではデーモン小暮&奥居香、以降は三浦洋一&奥居香、宮原学&奥居香となる。 三浦洋一さんからは塩水を使った「鼻うがい」を教えてもらったと言ってたね。

4月22日、1stシングル「恋はバランス」リリース。外部の作曲家の曲はこれが最後。

5月19日より、「TELEPORTATION TOUR」(〜6月29日)。

5月21日、1stアルバム「」リリース。初のフルアルバム。ここから1枚目と数える。

TELEPORTATIONジャケット 「TELEPORTATION(テレポーテーション)」
1987年5月21日リリース。1stアルバム。

1.ガールズ・ナイト
2.恋はバランス
3.言わないで
4.ソーロング ドリーマー
5.思い出の隙間
6.ユーアーマイ・スターシップ
7.海にひとしずく
8.ヒプノタイズド
9.モーション・エモーション
10.ヴァイブレーション

1stシングルでもある「恋はバランス」だけがメンバー以外の作曲である。 この曲以降、メンバー以外が作詞・作曲をすることはなかった。
作詞プロデュースとして作詞家の田口俊さんの名前がクレジットされている。 田口さんは当時のメンバーにとっての作詞の先生というべき存在だった。

Summer LoungeCD盤紙ジャケット 「Summer Lounge」
1987年6月11日リリース。
杉真理さんの呼びかけで集まったアーティストによる夏の曲を集めたオムニバスアルバム。

1. Holiday Company  Pops All Stars
2. グッバイ ロッカフラボーイ  杉真理
3. もう海へは誘わないで  Hi-Fi Set
4. キュウリ de Vacation  種ともこ
5. Vacances Bleu  南佳孝
6. 8月生まれ  須藤薫
7. NIGHT SKATER  楠瀬誠志郎
8. Water Sculpture - ポセイドン、そして水の彫刻  中西俊博
9. 世界でいちばん熱い夏  PRINCESS PRINCESS
10. パーティーはすぐはじまりさ  Pops All Stars

2007年8月27日に杉真理さんのデビュー30周年ということでCD盤紙ジャケット仕様にて復刻発売された。 その際「Holiday Company」「グッバイ ロッカフラボーイ」のライブバージョンがボーナストラックとして収録された。

7月16日、2ndシングル「世界でいちばん熱い夏」リリース。ソニーの夏のオムニバスアルバム「Summer Lounge」からのシングルカット。

9月3日より、「TELEPORTATION TOUR 2 〜世界でいちばん愛してる〜」(〜11月21日)。

9月20日、NAONのYAON第1回目に出演。会場:日比谷野外音楽堂。 NAONのYAONはSHOW-YAの呼びかけで始まった、出演者・スタッフが女性オンリーのロックフェスティバル。 1991年まで毎年秋に開催され、プリプリは毎回トップバッターだった。

10月より、ラジオ岩手放送・新潟放送・福井放送で「サウンド・コレクション」のパーソナリティをする(放送日時などの詳細は不明)。

11月21日、3rdシングル「MY WILL」リリース。 スポーツ用品店ヴィクトリアのCMソングに起用される。 CMのオンエアで知名度が上がり始める。


1988年
1月6日、「MY WILL」でフジテレビ系放送の夜のヒットスタジオに初出演する。

1月15日、「MY WILL」でテレビ朝日系放送のミュージックステーションに初出演する。

1月22日・23日、恵比寿ファクトリーUでライブ。ここで渋谷公会堂ライブが告知される。

2月26日、4thシングル「19 GROWING UP-ode to my buddy-」、2ndアルバム「HERE WE ARE」同時リリース。

HERE WE AREジャケット 「HERE WE ARE」
1988年2月26日リリース。2ndアルバム。

1.19 GROWING UP -ode to my buddy-
2.WONDER CASTLE 『「WONDER CASTLE」』と題して香ちゃんが登茂ちゃんの代筆で曲の解説をしている。
3.MY WILL
4.FLAME
5.KEEP ON LOVIN' YOU
6.GO AWAY BOY 『「GO AWAY BOY」』と題して加奈ちゃんが曲の解説をしている。
7.SHE
8.ROMANCIN' BLUE
9.冗談じゃない
10.恋のペンディング

ソニーからもう一つのタイトル候補として「BAD MANNERS」というのも提示されたが、メンバーは「私たちは別にお行儀は悪くはないよ」と強硬に却下した。

4月より、香ちゃんがNHK FM「FMリクエスト・アワー」東京地区のパーソナリティをする。 毎週土曜午後15時からの3時間生放送だった。

4月14日より、HERE WE ARE TOUR。

渋谷公会堂でのライブに先立って成功祈願として登山を行う。 場所は山梨県の身延山・七面山で山頂にあるお寺まで祈願に行った。 以来、この登山は恒例行事となり真最低毎年1回は行っていたそうだ。

4月17日、結成当初から目標の一つとして掲げていた渋谷公会堂でライブを行う。 チケットは2時間でSOLD OUT。 これを聞いたマネージャーの市ヤンがメンバーより先に大泣きし、見ていたメンバーは泣けなかったというエピソードは有名。 市ヤンにとってはかなり感慨深いものがあったんだろうね。

5月21日、5thシングル「GO AWAY BOY」リリース。 資生堂の夏のキャンペーンソング「夏だ!フェアウィンド」に起用される(フェアウィンドはファンデーション)。 この曲はライブで2番の出だしが「くさいくどき文句 ダンボールに詰めて」に変わることがあった。

4月14日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOURE [SUMMER] 〜Dear my best friends〜」(〜8月31日)。

8月31日、横浜ノースピアでライブ(横浜港瑞穂埠頭米軍基地内)。 ツアーのファイナル。これは横浜市の市制100年を記念したライブだった。日本人はシャトルバスで会場へ運ばれた。

10月9日より、「PRINCESS PRINCESS 学祭TOUR」(〜11月19日)。

10月21日、6thシングル「GET CRAZY!」リリース。 初めてドラマ「君が嘘ついた」の主題歌に起用される。

11月21日、3rdアルバム「LET'S GET CRAZY」リリース。

LET'S GET CRAZYジャケット 「LET'S GET CRAZY」
1988年11月21日リリース。3drアルバム。

1.GET CRAZY!
2.それなりに いいひと
3.STAY THERE 『9つの魔法?/「STAY THERE」』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。
4.LOVE AND BLOOD
5.へっちゃら
6.夕陽がよんでいる
7.瞳だけはみつめない
8.ひとりじめ
9.ストリートウーマン
10.M 『執念のタイトル「M」』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。
11.HEART STOMPIN' MUSIC

初めて買ったCD。初回盤。経年劣化で外箱は少しくたびれている。 最もロックテイストが強いアルバム。
注:アナログLP盤は全10曲で「夕陽がよんでいる」が収録されていない。

12月4日より、「PANIC TOUR[WINTER]〜LET'S GET CRAZY〜」。(〜89年2月19日)

自分はこの年の中頃、「世界でいちばん熱い夏」「19 GROWING UP」でプリプリのことを知る。 資生堂のCMの曲も同じバンドだと知ってすごく嬉しくなった。 当時のCMは歌っているアーティスト名が必ずしも画面の隅に出てこなかったので、この曲は誰が歌っているのか探すのが大変だったから。 テープに「GET CRAZY!」「STAY THER」などを入れてバンドはカッコいいと思い、「M」を聴いてこんな曲もやるんだと驚いた。「M」は名曲だよね。

12月31日〜1月1日、香ちゃんNHKラジオ第1「ゆく年 くる年」の司会をする。


1989年
1月23日〜25日、女性バンドとして初の日本武道館ライブを行う。 香ちゃんが三本締めのことを「三三七拍子」と言ってしまったのはご愛嬌。

4月、香ちゃんがパーソナリティのTBS(JRN系)ラジオ番組「ポップンルージュ」がスタート。 スタート当初はパーソナリティーが日替わりの5人で、香ちゃんは水曜担当だった。 そのほかのパーソナリティは、月曜:永井真理子、火曜:笹野みちる、木曜:谷村有美、金曜:長峰由紀(のち久宝留理子)。 放送時間、毎週月〜金23:10〜24:00。 番組のテレホンカードが作られるが、初めは1枚に5人のパーソナリティーが写っているものだった。 リスナーから「5人で1枚はケチ臭い」とか「それぞれのカードを作ってほしい」という要望が多数寄せられたため、すぐ各パーソナリティーのカードが作られた。 10年ぐらい前に、切手やカード類の即売会でこの香ちゃんのカードが1枚2万円ほどで売られているのを見たことがあった。 おそらく状態のいい良品だったんだろう。

4月21日、7thシングル「Diamonds(ダイアモンド)」リリース。この曲でオリコンチャート1位を獲得し、ミリオンセラーを記録する。 シングルCDとして史上初のミリオンセラーだ。 これでプリプリは大ブレイクした。 ヒットの要因は、乗りやすく覚えやすいポップなメロディーの「Diamonds」とc/wの「M」の組み合わせがあったからだと思う。 ポップ色が強かったので、GO AWAY BOYやGET CRAZY!あたりでファンになってロック色の強いバンド思った人からは「え〜、こんなのもやるの?」とか言ったり、がっかりして離れてしまう人もいたようだ。 Diamondsのリリース後ツアーが始まったため、トップ10やベスト10の出演はライブ会場からの中継が多かった。 この頃はDiamondsでファンになった人が急増したため、ライブではDiamondsとMで異様に盛り上がり、あとの曲ではいまひとつの盛り上がりということが多かった。 「Signs And Wonders」とか読み返してると都市部ほどそういうことが多かったみたい。

5月9日より、「PANIC TOUR'89 〜LET'S GET CRAZYU〜」。(〜7月30日)

DIAMONDSジャケット 「Diamonds」
1989年4月21日リリース。7thシングル。
c/w M。

Diamonds・M共にプリプリの代表曲。アナログ盤はこれが最後。ここから完全にCDに移行する。 シングルCDとして初の100万枚以上の大ヒットとなった。

仮タイトルは「お年玉」。 当時お付き合いしていた彼のご両親からお年玉を頂いてしまい、ルンルン気分の帰りの車の中でメロディが浮かんだという。 詳細は香ちゃんがオフィシャルフェイスブックの2012年6月22日の分に、『仮タイトルは…。/「Diamonds」』と題して“今だから言える曲解説”で書いているのでそちらも読んでみて。

2011年度のセンター試験、現代社会第1問、配点22。 これにこの曲が取り上げられた。
『ただいまの曲はプリンセスプリンセスの「Diamonds」でした。 この曲は1989年に発売され、ミリオン、つまり100万枚以上出荷された 日本で初めてのシングルCDと言われています。<以下略>』
時代を象徴する曲とみなされているということだろう。

もしも!の時、あせらずにこの曲のリズムに乗って心臓マッサージを行うと良いとのこと。 ガッテン!2016年9月21日放送分より。
「DIAMONDS」以降、プリプリの曲はポップス路線に走るようになったと言われる。 が、「そして音楽が始まる」(2003年8月31日放送分)によると、曲作りの要の香ちゃんは元からポップスやメロディアス志向の曲を作っていたそうで、アルバムの曲の選考会の時にプロデューサー笹路氏の意向もあってあえてメロディアス系をはずしロック系の曲を選んでいたという。 「DIAMONDS」の大ヒットを受けて急に変わったわけではないと聞いて、妙に納得したというか、そう志向は簡単に変わらないよなぁと思ったものだ。
不朽の名作バラード「M」が出来た時、プロデューサーの笹路氏は「いずれはこういう曲が来る」とは思っていたようだ。 作詞のきょんちゃんが失恋の実体験が詞になったものだ。 ある日、きょんちぁんは香ちゃんにMくんに話をしに行ってくるといって出かけ告白したけれど、振られてしまった。 香ちゃんは家で起きて待っててくれていた。 「ダメになったぁ」ときょんちぁんが言うと、香ちゃんは「よし、飲もう」と言い、二人でジンのタンカレーを飲みまくった。 そして香ちゃんが言ったのが「きょんちゃん、詞、書きな。くやしいじゃん、もったいないじゃん。私がいい曲をつけてあげるから」という言葉。 そうして生まれた曲が「M」。 メロディは居酒屋か何かでふと耳に入った時グッとくるような曲をということで作られたそうだ。 「M」の後日譚の曲がある。「台風の歌」だ。 立ち直るにはかなり時間がかかったということだろう。
果たして「M」は誰か? 
1.JUN SKY WALKERのギタリスト森純太さん。 歌詞の「黒いジャケット後姿が」という部分が森純太をイメージさせること、「星が『森』へ帰るように」という部分が彼を暗示しているという噂がある。 うーん、って感じ。 きょんちぁんは実家の前にある公園の桜の木々に星が沈んでいくのを見て、「星が『森』へ帰るように」というフレーズが思い浮かんだと話している。
2.HILLBILLY BOPSのヴォーカルで88年に亡くなった宮城宗典さん。 彼のイニシャルがM.Mだということ、彼と死に別れて書いた曲だという噂がある。 でもきょんちぁんは告白して振られているので、死に別れてMを書いたというのは当てはまらない。
3.ブルーハーツの真島昌利さん。 これは完全にただの噂の域を出ないようだ。
「プリンセス・プリンセスだった」(史輝出版)「Mのコト」をよく読むと、M君に振られたことについては書かれているが、さすがに相手が誰なのかについては書かれていない。 また、オフィシャルフェイスブック2012年6月26日の項目に、きょんちぁんが『執念のタイトル「M」』と題して「M」について書いているのでそちらも読んでみて。
2017年の香ちゃんの「50th ANNIVERSARY 前夜祭」ライブのMCでは、Mくんが武道館ライブに来ていたと話していた。 自分のことを歌った曲とわかっていたよう。どんな気持ちで聞いていたんだろう。 なので、宮城宗典さん説は完全に当てはまらない。 ふられたMくんに仕返ししてやれとこの曲を作ったけれど、Mくんに感謝している、曲の印税の半分をあげたいぐらい、Mくんは誰かは明かさないで墓場まで持って行く、ときょんちぁんは言っている。(「週現『熱討スタジアム』 プリンセス・プリンセスの『M』を語ろう」講談社『週刊現代』2017年2月20日発売号。きょんちぁん・マイケルさん・笹路正徳さんの鼎談) 2014年10月5日から放送のNHK BSプレミアムドラマ「昨夜のカレー・明日のパン」の主題歌になりました。

7月1日8thシングル「世界でいちばん熱い夏」リリース。

世界でいちばん熱い夏ジャケット 「世界でいちばん熱い夏」
1989年7月1日リリース。8thシングル。
c/w世界でいちばん熱い夏<平成レコーディング>。
初回盤のジャケットは金色だった。

2ndシングルのCD化。アナログ盤シングルしか出てなくてアルバムにも収録されていないため、CD化の要望がファンから多数寄せられていた。
c/wの平成レコーディングは、すでにライブでやっていた大サビから始まるバージョンを収録したもの。 ライブではオリジナルバージョンより平成バージョンの方を多くやっていた印象がある。 自分は平成バージョンの方がライブ感があって好き。
プリプリのベスト盤には、元のオリジナルバージョン、SINGLES 1987-1992に収録されたオリジナルの'92mixバージョン、平成レコーディングのいずれかが収録されている。 オリジナルバージョンと'92mixバージョンはよく聞き比べないと違いが分からないけど、'92mixバージョンと表記のない場合はオリジナルバージョンが収録されていると見て間違いない(いくつか借りて同じ条件で実際に聞き比べてみたよ。そうしないと判別は難しい。)。
香ちゃんも「君の瞳に恋してる」という曲からインスピレーションを得たと公表しているけど、サビの部分似てるよね。
世界でいちばん熱い夏』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。

8月2日に徹子の部屋に初出演する。

8月8日〜9日「PANIC TOUR'89 〜LET'S GET CRAZYU〜”夏祭りだよ!全員集合”」。西武スタジアム。
Diamondsでファンがいっぺんに急増したため、以前からのファンからは「ライブのチケットが取りづらくなった」、新しいファンからは「ライブに行ってみたいけどチケットが取れない」との声が上がっていた。 そこでメンバーは都内近郊の渋公クラスのホールでドカンとまとめて10日ぐらいやったらどうだろうと考えるが、急遽で10日も空いているホールがあるわけもなくこの案は断念。 数万単位の大人数を入れられるところで空いているとなるとスタジアム?ということになった。 それまでプリプリは「どんなに売れたとしてもスタジアムのような大きなところではライブはやらない」と言っていたが、プリプリのライブを見たいというファンの声に押されてスタジアムライブを決断。 その代わり通常のライブではなく、お祭りイベントのような感じで行こうという事になった。

この年で忘れちゃいけないのが夜のヒットスタジオの件。この年の10月18日に生放送された「夜のヒットスタジオSUPER」第1回目で、新しい司会者となった加賀まりこさんが香ちゃんに対して「ブタ」「生理中なんじゃないの」という発言をした。 同日放送終了後に生放送されたTBSラジオの「ポップン・ルージュ」で香ちゃんがその怒りをぶちまけた。 翌月の11月15日生放送分では、リハーサルではなかった加奈ちゃんがフライデー(恋人の存在が写真週刊誌に掲載)された件について打ち合わせなしで加賀さんが触れ、メンバーが激怒。 そのあとの「ポップン・ルージュ」ではもうどうしようもないくらい怒っていた。 とうとうメンバー全員が夜ヒットへの出演を拒否する事態にまで発展してしまった。 ということなんだけど、加賀さん香ちゃんのことを結構ボロクソに言っていた。 当時、女性週刊誌が「奥居vs加賀」なんて感じであることないこと面白く書き立てていた記憶がある。 それまで女性週刊誌なんて興味なかったのに思わず立ち読みしちゃったくらい。
加賀さんは今でこそ悪いイメージをあげる人は少ないと思うのだけど、この頃は香ちゃんにとどまらず、ほかのアイドル歌手に「水商売に行ったら売れるわよ」とかいろんなことを言っていて、「すんげぇ感じわる〜やな奴、何で司会変えないんだよ!」と思っていた。 だからもう一人の司会者、古館さんはフォローとか大変だったと思う。 結局、司会を変えなかったから翌年には番組が終わっちゃったんだと思う(ほかにも理由はあるんだろうけど最大要因として)。 ネット検索で知ったことだけど、加賀さん、前の司会者の芳村真理さんから「あなたは人の好き嫌いがはっきりしていて言動に出るから気を付けなさい」と言われていたらしい。 「毒舌女王」とも呼ばれていたという人を司会者に持ってきたのは明らかに起用ミス。 その後、プリプリは夜ヒットに出演していない。ただし何年か後の特番に1回だけ出てたっけ。

11月17日、4thアルバム「LOVERS」リリース。

LOVERSジャケット 「LOVERS」
1989年11月17日リリース。4thアルバム。

1.ムーンライト・ストーリー
2.友達のまま 『明日はサマソニよっ!!/「友達のまま」』と題して香ちゃんが曲の解説をしている。
3.DING DONG 『「DING DONG」』と題して加奈ちゃんが曲の解説をしている。
4.レイン
5.恋に落ちたら
6.スパイ・イン・ラヴ
7.シェイク・イット・オフ
8.パパ 『形になった思い/「パパ」』と題して加奈ちゃんが曲の解説をしている。
9.海賊と私
10.パレードしようよ

前アルバムまでの楽曲はライブで演奏することを前提にアレンジされていた。 ライブで演奏する曲も出揃ったからアルバムだけで聴いてもらう曲があってもいいんじゃないかということで、このアルバムからライブでの演奏を前提にしないアレンジの楽曲が収録されるようになった。 「パパ」は結婚式で流す人がいるけれど、この曲は香ちゃんと加奈ちゃんのお父さんが比較的近い時期に亡くなってしまうことがあって生まれた曲。

12月3日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '89〜'90 〜FOR LOVERS〜」。(〜1月23日)


1990年
1月4日、日本武道館で初めてプリプリのライブを見て大感激する。あのワクワク感と感動は忘れられない!!!!!
4月12日より最初の全県ツアー、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR'90 〜パレードしようよ!!〜」。(〜7月29日)

4月21日、9thシングル「OH YEAH!」リリース。

OH YEAH!ジャケット 「OH YEAH!」
1990年4月21日リリース。9thシングル。
c/wパパ
全県ツアーの応援歌として作られた。

SONYカセット CMソング
メンバーごとのバージョンが作られた。 「ハートを鳴らそう OH YEAH!」
梅雨入りにも負ケズリハ。/「OH YEAH!」』と題してあっこちゃんが曲の解説をしている。

8月8日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR'90 〜パレードしようよ!!〜SPECIAL」(〜9月13日)。

8月12日、日比谷野外音楽堂でのライブは香ちゃん曰く「悪夢の差し歯ふっ飛びライブ」。 ギターを弾くんで、手袋をくわえてはずそうとしたら差し歯がポロリとは取れてしまった!  「差し歯が取れちゃったからちょっと待ってて」と言って、アロンアルファで差し歯をつけてライブ再開。 差し歯ってなんかの拍子に取れるんだとびっくりしちゃった。 その後その差し歯の部分はどうなったのか、ブログ2010年3月10日付によると弟さんのやっている「奥居歯科」でインプラント治療しているそう。 娘さんの入学式に間に合うように終わらせるって書いてあった。

9月、ラジオ番組「ポップン・ルージュ」が15分番組の「奥居香のポップン・ルージュ」にリニューアル。
放送時間、毎週月〜金23:15〜23:30。〜91年3月まで。 10月、文化放送系で「プリンセス・プリンセスのチャレンジロード」がスタート。 毎週日曜。放送時間、11:30〜12:00。〜91年3月まで。 当時住んでいたところでは、文化放送はノイズが多くて聴くのに苦労した。

10月16日〜23日、タヒチへ行く。ラジオのタイアップ付き。

11月21日、10thシングル「ジュリアン」リリース。 このシングルは部屋の整理か何かの際になくし数年間行方不明になっており、押入れを片付けていたら使わなくなった画材にまぎてこんで出てきた。
この頃、電気店で一つだけ置いてあった120分カセットテープ(SONYではない)を買って全部プリプリの曲で埋め尽くして聴いていた。 探してもなかったからSONYでは120分のカセットは出してなかったと思う(出してはいたけどたまたまなかったのか)。 ライブのセットリストのような仕立てで、「GET CRAZY!」で始まり「19 GROWING UP」で終わる内容だった。

ジュリアン ジャケット 「ジュリアン」
1990年11月21日リリース。10thシングル。
c/w ROCK ME

シチズン ライトハウス CMソング
「ときめき あげたい」の一言が印象的だった。

当時脱走して行方不明になった加奈ちゃんちの猫の名前が「じゅりあん」だったので、猫へのラブソングだと言われてた。 でも実際は「ある恋をしていたとき、“あんたのこと、詞にかくからね”といって手を振った約束を果たした」と大全集のライナーノーツに書いていて、実体験した別れの歌だったりする。 香ちゃんがデモテープの段階で既に「♪ジュリアン」と歌っていたので、そのままタイトルが「ジュリアン」になったのだ。
オフィシャルフェイスブック2012年6月29日の項目に、加奈ちゃんが『猫と恋の思い出/「ジュリアン」』と題して「ジュリアン」について書いている。
12月21日、6thアルバム「PRINCESS PRINCESS」リリース。

PRINCESS PRINCESSジャケット 「PRINCESS PRINCESS」
1990年12月21日リリース。6thアルバム。

1.ROCK ME
2.ティンカーベル
3.台風の歌
4.逃げろ
5.ジュリアン
6.ROLLIN' ON THE CORNER
7.錆びつきブルース 歌:中山加奈子
8.月夜の出来事 歌:今野登茂子
9.THE LAST MOMENT
10.HIGHWAY STAR 『台風大丈夫ですか?/「HIGHWAY STAR 」』と題してあっこちゃんが曲の解説をしている。
11.One

PRINCESS PRINCESSのニューアルバムは「PRINCESS PRINCESS」というCMが印象に残っている。 全体的によくできた1枚で、最も勢いのあった時にリリースされた感じがある。 ヘビーローテーションで聴いてた1枚。 曲が終わるともう耳が次の曲を待っている、この感じは曲をシャッフルで聴けないカセットならではの感じだよね。
全県ツアー「PANIC TOUR'90 パレードしようよ!!」のテレカ

全県ツアー「PANIC TOUR'90 パレードしようよ!!」のテレフォンカード

後列左より 今野、奥居、中山
前列左より 富田、渡辺

香ちゃんが23歳の時で、全県ツアー「PANIC TOUR'90 パレードしようよ!!」をやっていた頃。
CMでも「ハートを鳴らそう。OH YEAH!」とかが多数放映されていて、プリプリが全盛期で勢いがあった。


1991年
1月2日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR'91 〜Only We Can Rock You〜」。(〜3月13日)

3月24〜3月4日、インドへ行く。

4月、香ちゃんTBSの「スーパーギャング」の月曜パーソナリティになる。 放送時間、1991年6月まで 月〜金 25:00(AM1:00)〜27:00(AM3:00)。 7月から2部構成に変更となり月曜1部を担当。1部の放送時間、25:00〜26:00。

文化放送系で「プリンセス・プリンセスのローリングパーティー」がスタート。 毎週土曜。放送時間、16:30〜17:00。〜95年4月3日まで。
この頃の香ちゃんは熱烈な織田裕二さんのファンで、「織田君をゲストに呼ぼう」とか「渋公愛のアプローチ大作戦」とか「織田君のハートにスマッシュ」とかいろんなことをやっていた。 確かスーパーギャングの終わりの頃に岸谷五朗さんがゲストに来て、香ちゃんがゲストで出た「レディオクラブ発射寸前」で「このアマ!」とか放送禁止用語を生放送で叫んだことについて話していた。 五朗さんがいくつに見えますかって聞いて、香ちゃんが「わからない」って答えて「このアマ!」という流れになったかと思う。 だからこの頃はまさかこの二人が結婚するなんて思っても見なかったな。 でもレディオクラブのゲストに香ちゃんが何回か出てたから、最初から悪印象ではなかったんだろうね。

5月10日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR'91 〜Only We Can Kiss You〜」。(〜8月4日)

同日11thシングル「KISS」リリース。

KISSジャケット 「KISS」
1991年5月10日リリース。11thシングル。
c/w バラ色の人生

サントリー「紅茶の樹」CMソング
「KISS」のお話』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。
この年、加奈ちゃんが月刊カドカワのコラム・ザ・ジグソーのページのBED SIDE DONGでミニコラムを書いている。 手元に残っている1991年7月号「立体特集プリンセス・プリンセス」には、「天国のジョニー・サンダースへ」というコラムが載っている。 翌年には1ページ分コラムの方へ移行した。

9月、きょんちゃんがTBSテレビの番組「新し者」の司会になる。共同司会はチェッカーズの藤井尚之さん。 毎週月曜。放送時間、24:40〜25:10。〜92年3月まで。

10月25日、12thシングル「SEVEN YEARS AFTER」リリース。

SEVEN YEARS AFTERジャケット 「SEVEN YEARS AFTER」
1991年10月25日リリース。12thシングル。
c/w I LOVE YOU〜窓辺にて〜(I LOVE YOUの歌詞アレンジ違いのバージョン)
11月30日〜12月10日、ラスベガスでビデオクリップ撮影。このビデオクリップ撮影中に香ちゃんは髪を切る。 写真集にトホホな顔で切った髪を持つ香ちゃんの写真がある。 気が付けば周りの女性がみんな似たような髪型をするようになってた。 さっさと髪を切りたかったがSONYがそれをさせてくれなくて、ラスベガスで撮影やってそこで断髪式みたいに髪を切ったとライブのMCで話していた。

1991年12月7日、7thアルバム「DOLLS IN ACTION」リリース。

DOLLS IN ACTIONジャケット 「DOLLS IN ACTION」
1991年12月7日リリース。7thアルバム。

1.Dear
2.名前のない町
3.ジャングルプリンセス
4.空より海より(プリプリサンバ'91)
5.砂漠の太陽
6.ジョーカーと100人の亡者 歌:中山加奈子
7.SEVEN YEARS AFTER
8.SUMMER MADNESS
9.COME BACK
10.ロマンス
11.I LOVE YOU

このアルバムは曲順が2案あったそうだ。 1「Dear」で始まり「I LOVE YOU」で終わる案、2「ジャングルプリンセス」で始まる案。 「ジャングルプリンセス」で始まっていたらアルバムの雰囲気はがらりと変わっただろう。
この年公開の映画「満月 Mr.Moonlight」(原作:原田康子『満月』)の主題歌「Mr.Moonlight」を香ちゃんが歌う。 ビートルズの「Mr.Moonlight」のカバー。残念なことにCD音源はない。 CD音源化希望!! 映画もDVD化されていない。

この前後の頃、東京ブラボーのキーボードだった坂本みつわさんがプリプリのスタイリストとして付く。 解散の頃までいたんじゃないかと思う。 「PRINCESS PRINCESS KISSパチパチ増刊」の中できょんちぁんと対談している。 (VooDoo Hawaiiansの澄田健さんがいたバンドLOOPUSの初ライブ(1994年10月20日)に、坂本みつわさんが参加していたとウィキペディアにあった。 これは何かの縁かもしれない。)


1992年
1月2日より、日本武道館で「謹賀新年 PRINCESS PRINCESS '92」。(〜1月10日)

2月5日、13thシングル「ジャングルプリンセス」リリース。

ジャングルプリンセス ジャケット 「ジャングルプリンセス」
1992年2月5日リリース。13thシングル。
c/w空より海より(プリプリサンバ'91)

ジャケットのイラストは登茂ちゃんによるもの。
4月、香ちゃんTBSラジオの「パックインミュージック21」の月曜1部のパーソナリティーとなる。 1部の放送時間、月〜金24:00〜26:00。〜12月まで。

4月8日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '92 〜PRINCESS PRINCESS IN ACTION〜」。(〜6月30日)
このツアー中、登茂ちゃんが突発性難聴でリタイアする。5月20日〜6月11日の間。 その間はキーボードは代役がやった。 難聴になって初めのうちはきょんちぁんのドラムのスティックを見て何本かライブをやっていたという。ひぇぇ〜(きょんちぁん風に)。 難聴になったのは左の耳。登茂ちゃんは元々右の耳は聞こえないんだそうだ。 突発性難聴は突然聴力を失う病気で原因は不明。 早期治療と安静が重要だという。 登茂ちゃんの場合は1ヶ月ぐらいで聴力が戻った。 完全に聴力を失った経験が「VOICE」という曲に反映される。アルバム「BEE-BEEP」に収録。 2012年の再結成のリハーサル時では、突発難聴の後遺症で長時間大音量の下にいると頭痛がするなど体調にもいろいろ影響が出ているようで、ドキュメンタリー動画を見ていると何かと大変そうだった。

5月21日、14thシングル「パイロットになりたくて」リリース

パイロットになりたくてジャケット 「パイロットになりたくて」
1992年5月21日リリース。14thシングル。
c/w砂漠の太陽

濃〜い2012年/「パイロットになりたくて」』と題して登茂ちゃんが曲の解説をしている。
7月15日、ベストアルバム「SINGLES 1987-1992」リリース。

SINGLES 1987-1992ジャケット 「SINGLES 1987-1992」
1992年7月15日リリース。シングル曲を集めたベストアルバム。

1.THE PRIVATE FANFARE オーケストラ曲
2.19 GROWING UP -ode to my buddy-
3.世界でいちばん熱い夏('92mix)
4.OH YEAH!
5.KISS
6.ジュリアン
7.恋はバランス('92mix)
8.GO WAY BOY
9.GET CRAZY!
10.M
11.MY WILL('92mix)
12.ジャングルプリンセス 13.SEVEN YEARS AFTER
14.パイロットになりたくて
15.Diamonds
16.晴れた日に
12月2日、15thシングル「POWER/REGRET」(両A面シングル)リリース。

表面POWORジャケット 裏面REGRETジャケット 「POWOR / REGRET」
1992年12月2日リリース。15thシングル。
両A面シングル


1993年
1月2日より、「10 ANIVERSARY 吉例 謹賀新年 PRINCESS PRINCESS '93 〜お正月だよ〜」(〜1月26日)。

1月21日、8thアルバム「BEE-BEEP」リリース。

BEE-BEEPジャケット 「BEE-BEEP」

1993年1月21日リリース。8thアルバム。
1.GUITAR MAN
2.MELODY MELODY 『プリプリのメロメロ/「MELODY MELODY」』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。
3.彼氏がほしい
4.BEE-BEEP
5.うちに帰ろう
6.REGRET 『夏フェスでお会いしましょう!/「REGRET」』と題して香ちゃんが曲の解説をしている。
7.港の見える丘
8.POWER
9.EYEWITNESS
10.WEDDING
11.SWEET VALENTINE
12.VOICE

「彼氏がほしい」「うちに帰ろう」とかは無理に曲をひねり出した感がある?と自分は感じた。 「VOICE」は登茂ちゃんが突発性難聴を患った間に感じたことを曲にしたもので印象に残る1曲。
4月15日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '93 〜BEE-BEEP プリプリサミット〜」(〜7月16日)。

5月3日、16thシングル「だからハニー」リリース。 TBS系列放映ドラマ「ダブルキッチン」主題歌。

7月18日〜25日、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '93 〜プリプリサマーサミット だからハニー全員集合!〜」。

10月、香ちゃんTBSラジオ「奥居香のKiss-On Antenna」のパーソナリティとなる。 毎週水曜、放送時間21:00〜22:00。〜94年3月まで

11月10日、17thシングル「ふたりが終わる時」リリース。

12月22日、9thアルバム「Majestic」リリース。

Majesticジャケット 「Majestic」
1993年12月22日リリース。9thアルバム。

01.傷跡
02.BIRD'S EYE VIEW
03.さよならダーリン
04.GLASS HEAVEN
05.ふたりが終わる時
06.恋するチャンピオン
07.OH MONKEY WOMAN
08.風が吹いたら
09.それじゃね
10.片想い

「恋するチャンピオン」は一度きょんちゃんも曲を作りな、と言われて作ったもの。唯一の作曲。
アルバムを聞いた印象は、正直言っていい曲もあるんだけど今までに比べてプリプリらしさがだいぶ減ってる?って思った。 なんて言ったらいいんだろ。勢いがなくなったというか、落ち着いちゃったと言ってしまえばそうなんだけど。

1994年
1月2日より、日本武道館で「吉例 謹賀新年 PRINCESS PRINCESS '94 〜思いこんだら、質実剛健〜」。(〜1月16日)。

1月13日、登茂ちゃんが主演映画「パイパティ・ローマ」の記者会見・撮影開始したのを皮切りに、メンバーがバンド活動と並行してソロ活動を開始した。

4月12日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '94 〜ラブソングは巨大なハートマーク〜」(〜6月25日)。

5月1日、18thシングル「THE SUMMER VACATION」リリース。 オフィシャルフェイスブック2012年12月14日で、香ちゃんが曲の開設をしている。

8月7日、FM東京系で「奥居香のアサヒ・スーパー・ドライ 素敵に恋しよう」がスタート。 毎週日曜。放送時間、13:30〜13:55。〜95年12月31日まで。

8月25日、ベストアルバム「PRESENTS」リリース。

PRESENTSジャケット 「PRESENTS」
1994年8月25日リリース。 ライブ会場でのアンケートの上位にランクしたものを収録したベストアルバム。ただし「SINGLES 1987-1992」に収録されたものは除かれている。

1.HIGHWAY STAR
2.ソーロングドリーマー('94mix)
3.友達のまま
4.MELODY MELODY
5.ROMANCIN' BLUE
6.ユー・アー・マイ・スターシップ('94mix)
7.だからハニー
8.パパ
9.STAY THERE
10.ロマンス
11.SHE
12.傷跡
13.悲しみのある風景
14.THE SUMMER VACATION
15.One
16.DING DONG

1995年
1月2日より、日本武道館で「吉例 謹賀新年 PRINCESS PRINCESS '95 〜THE PRESENTS〜」。(〜1月16日) 転んだのか、右足の絆創膏(というよりガーゼをテープで止めたもの?)が痛々しかった。

2月10日、19thシングル「Birthday Song」リリース。

4月9日、世界ウルルン滞在記の第1回目が放送される、香ちゃんが第1回目の旅人でスペイン・フラメンコ編、ギターを作る内容だった。

6月16日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '95 〜HELLO HAPPY HOURS〜」(〜7月16日)。

10月19日、スポーツ紙で解散をすっぱ抜かれる。

10月20日、解散を発表する。 すでに、この年の4月にはプリプリの解散をレコード会社関係者に伝えていた。 解散が外にもれないよう、内輪で解散は「ピヨピヨ」、解散発表は「ピーコ」という暗号が使われた。 実際に解散の話が持ち上がったのは94年の暮れ、新作アルバム制作の打ち合せでのことだった。 出された2つの方向の意見はこんな感じ。 「バンドを始めた頃の初期衝動を求めて、何やってんだよプリプリ、と言われてもいいから新しいことや勢いのあるものをやっていきたい」 「もう1度20代前半の頃みたいな、ヘタでも勢いでカッコよく見せられる、元気のいい音楽の詰まったアルバムを作りたい」(この2つは加奈ちゃんが言ってそう)という意見。 もう一つは「ここ数年のプリプリは大人のポップスをやるようになってきた。それを否定して新しいことをやるのか、その間についたイメージがあるのでそれを崩さないでやって行く。」 「もう30代に突入するんだし、年相応の女性としての成熟した完成度の高い音楽を次のアルバムでやろう」という意見。 きょんちゃんの「プリンセス・プリンセスどった」によると、話し合って2日たっても意見は分かれたまま、誰かが「これって解散てこと?」と言い出して、また誰かが「そうかもねと」言った。 きょんちゃんは人ごとみたいにあらあらと思って何も言えなかったという。 「バンド臨終図鑑」河出書房新社、によると「解散した方がいいんじゃない?」という意見は加奈ちゃんによる発言とされている。 だけど「これまでにやってきた楽曲は大切な財産だ。」という点では一致、後は平行線のまままとまらなかった。 5人の人間関係が崩れるのを嫌い「バンドのことや音楽性で言い争って喧嘩別れになるよりも、友達のまま解散したほうがいい」という最終結論になった。 当時は香ちゃんが岸谷五朗さんと付き合っているのが報道され、結婚するから解散するとも言われていたけどメンバーは笑って(面白がって)否定していた。
前年の暮れに「次回作のアルバムをどうしよう」という話し合いがあり、「これって解散てこと?」という事態になってただなんて知らなかった。 年の初めに武道館でライブをやり、春から夏の間にツアーをやり、ツアーの規模はこのままだと小さくなっていくのかなとか、いずれメンバーの誰かが結婚するかもしれないとか思いつつ、プリプリの解散はまだないだろうと思っていた。
解散とラストツアーのキャッチコピーは「解散を遊ぼう」。 このキャッチコピーが書かれた解散を告げるポスターの構図は、メンバーがロープで縛られているというものであったため、クレームがつき、駅貼りポスターの大半が短期間で撤去されてしまった。 JR東日本からは女性がロープで縛られている姿が女性蔑視にあたるのではないか、抗議が来る恐れがあるため掲出はできないと「駅貼り」自体を拒否されていた。
10月21日、20thシングル「Fly Baby Fly」リリース。 『飛ぶんだ!わたし!翔べ!/「Fly Baby Fly」』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。

12月13日、10thアルバム「The Last Princess」リリース。

The Last Princessジャケット 「The Last Princess」
1995年12月13日リリース。10thアルバム。
最後のオリジナルアルバム。

1.Bye Bye
2.プロポーズ
3.渚は涙のパラダイス
4.ガラクタヲ吹キ飛バセ
5.Hello!!
6.ひまわりとカーディガン
7.恋はカンターレ
8.純愛
9.まわれ! メリーゴーランド
10.Fly Baby Fly 『飛ぶんだ!わたし!翔べ!/「Fly Baby Fly」』と題してきょんちぁんが曲の解説をしている。

「渚は涙のパラダイス」は珍しく歌謡曲調の曲。 何でもありという感じのアルバムになっている。 まだまだやれる・多面性があっていろんな方向に行けるんじゃないかという可能性をも感じさせるという印象か、むしろ開き直りすぎて散漫になったんじゃないか、という印象を持つ人もいるかも。
解散を決めた頃。FM STAISION1995年12月号より

FM STAISION1995年12月号より

後列左より 渡辺、今野
前列左より 富田、奥居、中山
1996年。Heavenly Daysより。

Heavenly Daysより

左より時計回りに 奥居、今野、渡辺、中山、富田


1996年
1月2日より、日本武道館で「吉例 謹賀新年 PRINCESS PRINCESS '96」(〜1月16日)。

1月24日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '96 〜解散を遊ぼう〜」(〜5月7日)。

2月1日、21thシングル「夏の終わり」、ベストアルバム「The Greatest Princess」リリース。

夏の終わりジャケット 「夏の終わり」
1996年2月1日リリース。21thシングル。
c/w青春デイドリーム シークレットトラック:相棒
The Greatest Princessジャケット 「The Greatest Princess」
1996年2月1日リリース。
スタッフ選曲によるベストアルバム。

01.19 GROWING UP -ode to my buddy-
02.GO AWAY BOY
03.GET CRAZY!
04.M
05.Diamonds(ダイアモンド)
06.世界でいちばん熱い夏(平成レコーディング)
07.友達のまま
08.パレードしようよ
09.ジュリアン
10.ROCK ME
11.HIGHWAY STAR
12.KISS
13.SEVEN YEARS AFTER
14.パイロットになりたくて
15.GUITAR MAN
16.Fly Baby Fly

5月15日より、「PRINCESS PRINCESS PANIC TOUR '96 〜解散を遊ぼう FINAL〜」(〜5月31日)。FINALを含め2度目の全県ツアー。
解散ライブをツアーにしてしかも全県回るのは異例のこと。 「最後に全国のファンにお別れの挨拶に行きたい」というメンバーの意向で実現したが、当初チケットの売れ行きを心配したスタッフからは反対の声が上がったという。 94年あたりから地方でチケットの売れ残りが出始めていたため。 チケットは1県(佐賀県だと聞いている)だけ若干売れ残った程度で、ほぼ完売した。
ツアー最後の5月31日の日本武道館公演を以って、その活動に幕を下ろした。 活動期間は赤坂小町時代から数えて13年3ヶ月だった。

5月24日、ミュージックステーション最後の出演。香ちゃんがDiamondsの歌詞を間違えた。

6月1日、「プリンセス・プリンセス大全集」リリース。店舗によっては5月31日に販売された所もあったようだ。
プリンセス・プリンセス大全集歌詞冊子表紙 「プリンセス・プリンセス大全集」
1996年6月1日リリース。
CD7枚組みで、楽曲全120曲が50音順に収録されている。 ブックレットが付いていて、全曲の歌詞・メンバーによるライナーノーツ・プリプリの年表が収録されている 1万枚の完全限定生産ということで発売されたが、予約数が生産数を大幅に上回ったため、追加生産して予約者すべてが入手できるようにした。 ケース裏面にはシリアルナンバーが付いている。

ALL ABOUT PRINCESS PRINCESSジャケット 「ALL ABOUT PRINCESS PRINCESS」
1996年12月12日リリース。

CD-ROM。
Windows3.1/95とMacintosh対応。Windows98でも動作可能。Windows2000以降は未確認。 香ちゃんのオフィシャルサイト掲示板で、Windows2000ではプログラムが対応しなくなったのかうまく動作しない、との書き込みがあった。 全曲の歌詞と写真や一部映像が検索でき、ラストライブのアンコール「19 GROWING UP」の部分の映像編集機能を搭載。 初回版には「プリンセス・プリンセス大全集」のバインダーに追加出来るフォルダーが付いていた。 おまけで壁紙とアイコン(アイコンはMacintoshのみ)・スクリーンセーバが付いているが、今思うと画像の解像度は荒すぎ。
解散当時PCはまだ買っていなかったけど、いずれPCを買った時絶対「あの時買っておけばよかった」と後悔すると思って買ったもの。 Windows98でもちゃんと動作するのかと、恐る恐るドライブにディスクを入れた覚えがある。



2012年
2012年の詳細は「PRINCESS PRINCESS再結成」にまとめてあります。

1月6日、PRINCESS PRINCESSが再結成することが発表される。 これは東日本大震災のチャリティのための再結成で、期間は2012年いっぱい。

3月、フェイスブックにプリプリのオフィシャルページが開設される。

3月20日、幕張メッセでの復興イベント「ALL THAT LOVE-give&give-」に出演。

4月8日、12月23・24日に追加公演として東京ドームでライブをやることを発表する。

6月10日発売の「文芸春秋」の巻頭随筆に香ちゃんが寄稿する。

6月20日より発売の、サッポロビールの夏限定ビール「サッポロ アイスラガーセブン」TVCMに出演。 曲は「世界でいちばん熱い夏」。

6月27日には2枚組みリマスタリングのベストアルバム「THE REBIRTH BEST〜再会〜」を発売。初回盤はCD2枚組+DVD。

THE REBIRTH BEST〜再会〜ジャケット 「THE REBIRTH BEST〜再会〜」
2012年6月27日リリース。
再結成に伴って発売されるベストアルバム。
初回盤はCD2枚組+DVD。先着購入特典ポスター付。
DISC.1
1.世界でいちばん熱い夏 (平成レコーディング)
2.OH YEAH!
3.HIGHWAY STAR
4.Diamonds (ダイアモンド)
5.M
6.ジュリアン
7.REGRET
8.パパ
9.One
10.KISS
11.DING DONG
12.STAY THERE
13.パイロットになりたくて
14.友達のまま
15.だからハニー
16.THE SUMMER VACATION
17.Fly Baby Fly
DISC.2
1.19 GROWING UP -ode to my buddy-
2.MELODY MELODY
3.パレードしようよ
4.ロマンス
5.SHE
6.ムーンライト ストーリー
7.WONDER CASTLE
8.恋に落ちたら
9.GO AWAY BOY
10.ROMANCIN’ BLUE
11.瞳だけはみつめない
12.GUITAR MAN
13.GET CRAZY!
14.ROCK ME
15.SEVEN YEARS AFTER
16.I LOVE YOU

初回盤DVD
幕張メッセライブ「ALL That LOVE」より「世界でいちばん熱い夏」「Diamonds」2曲の映像と、再会を果たすまでのショートドキュメントを収録している。

オフィシャルフェイスブックによると、「2012mix」はアナログ録音されたオリジナルのマスターテープをデジタル化するのに伴い、 2012年の技術で改めてトラックダウン(ミックス)した音源です、いわゆる「リミックス」ではありません、 オリジナル音源の良さを残しつつ、よりクリアな音質で楽しんでいただけるそんな音源となっています、とのこと。
でも実際に聴いてみると、ドラム音などオリジナルとバランスが変わってしまっている曲もあります。 オリジナルをヘビーローテーションで聞きまくった耳には「THE PREMIUM BEST」ほどではないにしろ、多少違和感があります。

7月5日発売の週刊文春に香ちゃんのインタビューが掲載される。

7月6日、「オールナイトニッポンGOLD」生放送に5人がそろって出演する。

7月7日発売の雑誌Graziaにインタビューが掲載される。

7月13日、テレビ朝日系「MUSIC STATION」に16年ぶりに出演する。「Diamonds」「世界でいちばん熱い夏」

夏フェス参加。
7月28日、「HIGHER GROUND 2012-FINAL-」 福岡県 海の中道海浜公園野外劇場。
8月3日、「ROOK IN JAPAN FESTIVAL 2012」 茨城 国営ひたち海浜公園。
8月11日、「RISING SUN ROCK FESTIVAL 2012 IN EZO」 北海道 石狩湾新港樽川ふ頭横野外特設ステージ。
8月18日、「サマーソニック2012」大阪 舞州サマーソニック大阪特設会場 OCEAN STAGE。

11月3日より、「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012 〜再会〜」(〜11月24日、予定)。
11月3日〜4日、仙台サンプラザホール。
11月20日〜21日、23日〜24日、日本武道館。
12月23〜24日、東京ドームで追加公演。
このライブの収益金は寄付される。

12月30日、TBS「第54回 輝く!日本レコード大賞」特別賞受賞。

12月21日、第63回 NHK紅白歌合戦に出場。紅組ラストから3番目の出場、歌った曲は「Diamonds」。

2013年8月23日、プリンセス プリンセス 復興支援活動収益金の第一次寄付先決定。
2014年8月31日、プリンセス プリンセス 復興支援活動収益金の第二次寄付先決定。
2015年8月27日、プリンセス プリンセス 復興支援活動収益金の第二次寄付先決定。全金額の支援先が決まる。


2016年
3月11日仙台PITのオープンに伴い、5人でこけら落としを行う。 チケットはとれず。初めから無理と思ってたけどね。
「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012-2016 再会 -FOR♡EVER-」
3月11日、開場 18:00/開演 19:00  豊洲PIT+各地の映画館でライブビューイングも行われる。
3月12日、開場 16:00/開演 17:00
3月13日、開場 14:00/開演 15:00

追加公演、「PRINCESS PRINCESS TOUR 2012-2016 再会 “後夜祭”」これがプリプリのファイナルライブになる。
会場:チームスマイル 豊洲PIT
2016年3月25日、開場 18:00/開演 19:00
2016年3月26日、開場 16:00/開演 17:00

2017年1月20日、仙台PITこけら落とし公演、豊洲PIT後夜祭公演で販売されたポストカードの売上金がチームスマイルに寄付される。



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