岸谷香 準備体操ライブ〜さびないようにね!パート5〜


2012年3月24日(土) 大阪 なんばHatch
2012年3月25日(日) 名古屋 名古屋クラブクアトロ
2012年3月31日(土)、4月1日(日) 東京 SHIBUYA-AX

3月31日(土)、4月1日の2日間行ってきたよ。

セットリスト
1.MELODY MELODY
2.世界でいちばん暑い夏(平成Ver)
3.LOVE LIFE
4.A Visiter
5.ぼくらのうた(岸谷香バージョン)
MC
6.純愛
7.SPARKLE 大阪・31日東京、ともだちだからね(バンドアレンジ) 名古屋・1日東京
MC
8.THE SUMMER VACATION(別アレンジ)
9.ムーンライトストーリー(別アレンジ)
10ふたりが終わるとき
11.Sweet Sweet Home
MC
12.愛菜のラブリーロックンロール
13.M
14.ソーロングドリーマー
15.ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜
16.愛の戦士
17.シェイクイットオフ
18.ハッピーマン
19.REGRET

EC.1
MC
20.ときめく頃を過ぎても 香ちゃんが新しく購入したベースを弾く、ベースとギターのみの弾き語り風のアレンジ
21.キッチン

EC.2
22.Diamonds


ライブのバックバンド。
丸山天使 ギター、一部コーラス
中川量 ベース
朝倉真司 ドラム・パーカッション・アコースティックギター
河合マイケル パーカッション・ドラム
鎌田雅人 キーボード・Wネックギター、バンマス

オープニングの衣装は白を基調としたものでネックレス類を下げる。 11曲目の前に黒い衣装に変更(31日東京)色違いの白い衣装に変更(1日東京)。 アンコールで赤いTシャツを着る(このグッズの赤いTシャツが好評で大阪で売り切れて急遽増産した)。

香ちゃんの使用楽器
Gibson Les Paul Classic 1960 reissue Purple 1993年製 ピンクのレスポールと呼んでいる。(ギター)
Gretsch G6128T-1962 Duo Jet w/Bigsby (ギター)
黒アコースティックギター(型番不明)
サンバースト ジャズベース

ライブの感想
プリプリ時代の曲はプリプリのライブの定番という曲ではないけれど、みんなが聞きたいだろうなという曲をえらんだそう。 プリプリのライブと被らないようにみんなが曲をたくさん聞けるようにと考えた選曲。 でオープニングが「MELODY MELODY」。
岸谷香名義になってから「世界いち」オリジナル(昭和)バージョンかボサノバ風バージョンはやったけれど、平成バージョンは初めてではないかと思う。
「ムーンライトストーリー」は南青山マンダラでやったアレンジに似ているような気がする(記憶違いかも知れないけれど)。 ラストの箱型楽器を勢いよく叩くのが印象にあったもんで。
「ICE AGE 〜氷河期の子供たち〜」ではミラーボールが回った。 この曲は香ちゃんがディスコに行ったことがないので、行ったつもりの感じで作ったそうだ。
「愛菜のラブリーロックンロール(岸谷香バージョン)」はノリやすい曲でみんな大盛り上がりだった。
「A Visiter」と「愛の戦士」は香ちゃんは新曲と紹介していたけれど、ライブで何回かやっているので新曲という感じはもうないと思う。
「Sweet Sweet Home」は同棲の経験がなく同棲の憧れがあって書いた曲。 「結婚もして子どももいてもう同棲なんてできないから、同棲は結婚と違って責任がないしね」と話していた。 自分も同棲の経験はない。
今回特に「REGRET」を聞いていて思ったんだけれど、プリプリのメンバーのコーラスがないとどこか間の抜けたというか物足りない寂しさを感じた。 ♪誕生日のキス〜のあたりなんて、う〜〜足りない!って感じ。
「ときめく頃を過ぎても」のギターとベースのみのアレンジは、オリジナルの雰囲気を壊さないような繊細なというか、いいアレンジだった。
でしめは「Diamonds」。 バックの男性陣の演奏するDiamondsは、牧歌的とか田舎くさい感じがすると香ちゃんは言っていた。 そうかなぁ? 「19〜」は仙台・武道館までお預けかな。

MC (31日と1日ともう、ごちゃ混ぜ、ボケ防止のため話を思い出しながら書いてみた。思い違いはご容赦下さい。)
大震災の話
昨年の3月11日大震災があった時、香ちゃんは自宅にいた。 息子さんも午前中に帰ってきていて着替えていた最中だった。 当時1年生だった娘さんがまだ帰ってきておらず、心配になってGPSで居場所をチェックしたけれど連絡が取れないので車で最寄の駅から一駅ずつ探していったという。 その後奇跡的に連絡が取れ「○○駅にいる」と分かり、「迎えにいくからそこから絶対動いちゃダメよ」といって聞かせて迎えにいった。 駅について「娘がいるんです」と言って中に入れてもらい、止まっている電車の中に入って娘さんの名前を呼びながら探したそうだ。 後にも先にも人の名前を大声で叫びながら探したのはこれが初めてだと。 このことを思い出すと涙が出てきて、と言って目頭を押さえながら話していた。 娘さんに無事会えてほっとしたら、急にじんましんが出てしまった。 良かった良かったと娘さんを抱きしめながら、もうかゆくてかゆくてもうどうしようもなかったらしい。 心理的にそうとうかなりのストレスだったんだろうね、ストレス性のじんましんだったと思われる。

再結成について
香ちゃんは大震災の後しばらく引きこもり状態になった。 プリプリの再結成はきょんちぁんがメンバー全員に送った「みんな大丈夫?無事だった?」というメールから始まる。 「最初に一斉メールを送ったのはきょんちゃんだったって分かったの」と言っていた。 後で気がついたって事??  何度かのメールや電話のやり取りをしているうちに、「5人でやれば何万倍のことが出来るって気付いちゃったの」、と言う。 それで香ちゃんがみんなで集まろうとメンバー全員に声をかけた。 メンバーは何の話かもうみんな分かっていた、「再結成のことだ」と。 解散してからメンバー全員が集まったのは過去2回しかなくて、しかもくだらない理由で集まってたと話していた。 7月からリハーサルを始め、やれるかどうかと探りながらやっていたようだ。 それで出来るとなったのが去年の暮れだった。

イヤモニ(イヤーモニター)のこと
3月20日のチャリティライブではイヤモニを使うことになった。 今まで使った事はないけれど見たことはあった。 AAAでつるの(剛士)君が耳に何かつけているのを見て「何それ」と聞いたらイヤモニというものだった。 現在のライブはイヤモニを使うのが主流だそうだ。
(かつてはウェッジと呼ばれるモニター用スピーカーを演奏者の前に置いてライブをやっていた。 これにはいくつか難点がある。 ・モニターから離れると音が聞こえにくくなる。ライブ中の演奏者の移動が制限される。 ・大音量にしておかないと細部の音まで聞き取りづらい。→耳を痛めやすい。 イヤモニはこれを解決するために開発された。 ・耳に装着するのでステージ上のどこにいても音が聞こえる。 ・密閉度が高く周囲の音を遮断するので大音量にする必要がない。→耳を傷めにくい と言う優れもの。)
イヤモニはオーダーメイドで作られるため耳型をとる。 型とり用の粘土みたいなのが気持ち悪かった、自分の耳型がサザエみたいに見えたと言っていた。 実際に装着してみるとすごい密閉力。 ライブ前日のリハでみんな初めてだけど大丈夫?始まっちゃったら大丈夫だよとか話していたそう。 始まったらまさかあんな事が起こるとは…
20日の楽屋裏のこととかも話していた。 みんな年をとっておじさん・おばさんになったとか。

「M」の歌詞を間違えた〜〜!!
香ちゃんが歌詞を間違えるのは時おりある。 ライブでよくよく歌詞を聴いているとちょっと違ってる?というところが時にあり、分からなければ聞き流してしまう感じ。 歌詞間違いの有名なところでは最後のMステで「Diamoinds」の歌詞を間違えたなんてのがある。 これも間違えた関連で1日に話していた。
で今度は3月20日のチャリティライブで「M」の歌詞を間違えたんであった。 曲が始まる前にライブでは毎回欠かさずに歌ってきたとか何とか言ってさんざん盛り上げた。 歌い始めてから目を閉じたまま歌ってるというのに気付き、目を開けたて♪どうして〜あたりであららとなってしまったんだそうだ。 バックの演奏は途切れることなく続いていてやめられない、口がなんて言っていいのか分からない、で初めて「ほにゃらら〜〜」と歌っちゃったと。 歌がどんどん盛り上がっていくところなのに。 31日にはあららとなっているの時にとっさに娘さんの歌う替え歌が頭をよぎり、それは違う歌えないと思ったと話していた。 娘さん「M」をどういう替え歌で歌っているのか気になる。 このことは一生忘れないと言っていた。 加奈ちゃんには「背負っているものが大きいんだね」と言われ、あっこちゃんには「回りが貴重なものが聴けたよ、元気出して」というようなメールをくれたそうだ。
その後娘さんに「お母さん、昨日はどーだった?」といきなり聞かれ、「M」を間違えたといったら「え〜〜〜!!」となった。 これの詳しいことはオフィシャルブログの2012-03-21に書かれているので読んで。 かなり「どうして?」とかの質問攻撃を受けた模様。 でDさんとも「間違えるってことある?」という話をして、年のせいもあるんじゃない、ってことになったらしい。
このライブの模様はWOWOWライブ、2012年4月15日(日)夜9:00〜で、BRで永久保存版に。

忙しくて体重が落ちた。
ここのところライブ続きで体重が落ちたのに、写真を撮ると体重が落ちたように見えないと話していた。 普通年をとると体重が増えてくるには仕方ないんだけど、香ちゃんはどういうわけかプリプリ時代が一番体重があったという。 おそらく、アルバム「PRINCESS PRINCESS」「DOLLS IN ACTION」の90〜92年あたりの頃だと思う。 他のメンバーは再結成に向けてダイエットとかしてるのに、なんで自分はプリプリ時代の方が体重があったのかという話。

音楽家モードと日常モードと
リハやってライブをやってるうちに久々に音楽家モードになり、お子さんたちに「お母さんお腹すいた、ご飯まだ?」と言われると、口には出さないけど「私がご飯作るの?市ヤンご飯作って」て感じになるのよ。 1日には音楽家モードはとりあえず今日で終わりで明日から日常モードに戻るんだけどね、と話していた。 50歳になったらまたロックをやろうかと考えていて、その時にために毎年準備体操ライブをやっている、ロックをやるのは50前かもしれない、とも話していた。

あっこちゃんは相変わらず天然ボケ。
メンバーの中で一番忙しいのがTMS(専門学校東京スクールオブミュージック)の副校長をしているあっこちゃんだそうだ。 学校のサイトによるとTSM/OSM/FSM/NCA/SCA(東京・大阪・福岡・名古屋・仙台)の副校長を兼任していて、その関係であちこち飛び回っている。 ヴィトンのバッグとスケジュール表を持って。 プリちゃん(プリプリのことを今の香ちゃんはこう呼ぶ)のスケジュールはあっこちゃんのスケジュールに合わせているとの事。 あっこちゃんは起きた事や話などを自分の知っている範囲の言葉で説明する人なので、時々「??」な話や説明になるんだそうだ。 それである日、「夕方の新幹線『はやびこ』で仙台まで移動なの」という話をした。 聞いた香ちゃんは「はやびこ?」「はやぶさ」か「やまびこ」のどっちだ?と思ったそう。 「はやぶさ」「はやて」「やまびこ」のいずれかだろうけど、忙しいあっこちゃんなら「はやぶさ」「はやて」のどっちかのはずで…ごっちゃになってて「はやびこ」って言っちゃうのがあっこちゃんらしくて笑っちゃった。 で、以来メンバーは「あっこちゃん今日も『はやびこ』で移動なの?」とか聞くようになったそうだ。

THE SUMMER VACATIONの前にバリ島旅行の話
加奈ちゃんと二人でバリ島に旅行へ行ったことがある。 宿泊先のホテルで、家の電話に入っている何か連絡があるかもしれないから留守電を聞いておこうと国際電話で留守電を聞いた。 聞き始めて3件過ぎたあたりから寝てしまったらしく、一晩中国際電話が通話状態になっていたらしい。 ホテルでチェックアウトしようとしたら、請求額が半端じゃない額になっていた。 内訳を聞くと国際電話の額がすごかったらしい。 留守電を聞いていただけだからそんなに使ってないとか説明したけれどダメで、カードで20数万引かれてしまった。 この話はシングルTHE SUMMER VACATION関連の解説かインタビューで聞いたことがあって、知っている人はいたようです。

去年は2曲、提供曲を書いた。
大震災の後引きこもり状態になっていた時に、観月ありささんから曲を書いてほしいという依頼が舞い込んだ。 引き受けたものの、後引きこもり状態の気持ちやら何やらを引きずってなかなか書けず「市ヤンもう書けない」と言いながら何とか書き上げたそうだ。 観月ありささんには1991年にデビュー2曲目シングル「エデンの都市(まち)c/w風は吹いてる」を書いており、実に20年ぶりになる。 初めて逢ったありささんはまだ中学生、久しぶりに逢ったありささんは香ちゃんが見上げるぐらいの存在になっていたと話していた。
年に1回他のアーティストに曲を書いているので今年はもうないだろうと思ったら、芦田愛菜ちゃんに曲を書くことになった。 愛菜ちゃんはうちの子より小さくて5歳くらい?(現在7歳)でかわいいんだよ〜とか話していた。 曲はギターを弾いている感じで作って、レコーディングには鎌田さんが行ったそうだ。

ベースの話。
バンドを始めたきっかけは中1の時に、学校の先輩からYMOとかのコピーなどをやっててそのバンドに入らないかと誘われたこと。 ピアノが弾けたのでキーボードをやっていた。 中2で先輩からドラムの叩き方を教わり、8ビートがたたけるようになった。 そしたら次はギターかベースだ、絃が4本のベースの方が楽そうだということでベースをやることにした。
それまで使用していたベースがチューニングが狂ってダメになってしまい新しいベースを購入した。 その古いベースは今は亡き母方の叔父さんが高校の入学祝に買ってくれたもの。 香ちゃんは高校入試に失敗し、すべり止めの一校にだけ合格したけれど、家族は誰も喜んではくれなかった。 その中で高校に入学できたのを喜んでくれたのがそのおじさんだった。 入学祝に何でもいいから好きなものを買ってくれるというので、ベースが欲しいと言って買ってもらった。 当時も楽器店はあったはずなのに、なぜか秋葉原のラオックスで買ったんだそうだ。 このベースで赤坂小町のオーディションを受けて現在に至る。 バンドのオーディションを受ければ校風の合わない高校を退学できると考えた。 退学したら都立高校への編入を考えてたとのこと。 オーディションに受かったことが今現在につながるわけで、落ちてたら普通に学校行ってこの道には行かなかっただろうと話していた。
新しいベースを見て子どもたちは「このギター玄が4本しかない」って言って、「これはベースと言う楽器なの」と教えてあげたそうだ。

Diamondsの曲が出来たきっかけ
これも古いファンでは知られている話。 その頃付き合っていた彼がいて、お正月その彼のうちに遊びに行った。 忙しいのによく来てくれたと彼のご両親からお年玉を頂いてしまった。 嬉しいこととか何かあると頭の中にBGMが流れるそうで、その時に流れたBGMを録音して出来たのがDiamodsのメロディだった。 仮タイトルはそのまんま「お年玉」。 若い頃に作った曲は、頭の中に流れるBGMが曲になったのが結構あるという。

夏フェスのこと。
武道館と仙台のチャリティライブだけだと見られない地域の人が出てきてしまうので、夏フェスにも参加することにしたと話していた。 プリちゃんは何ヵ所かに出演予定との事。 毎週末に行われる割と大きい所のよう。 詳細は市ヤンにまだ話しちゃダメと口止めされる。 話した内容を手がかりにインターネットなんかでがんばって検索してみてよ、って香ちゃんは言う。 TV出演なんかもあるそうだ。 なので、オフィシャルサイトとブログは要チェック。そして検索も。
TBS系「情熱大陸」4/8(日)23時〜。これも録画。




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